昼下がり、街中の洒落たハンバーガーショップ。窓から明るい光が入ってきて、アイスコーヒーのグラスの透明な影が厚みのあるバンズに写っている。
「ピポピポピ」
女性のスマホが鳴った。新しいLINEメッセージを受け取ったときの音だ。
その人は、アラサーと呼ばれる年代でごく平均的な背格好の女性だった。休みの日には気の合う友人と出かけ、おいしいお酒を飲み、仕事の愚痴をいいながら男の話やバカ話をするのが楽しみであった。好きなものは肉。
時として、一人で出かけて焼き肉やワインを楽しむこともあった。大勢で騒ぐよりも自分の時間を楽しみたいタイプだ。今日のランチも、お肉が美味しいと評判のハンバーガーを一人で食べに来ている。
付け合わせのオニオンフライを食べながら、スマホを取り上げてメッセージを確認する。思わず目を見開いた。
元彼からだった。
『元気? 懐かしくなって、連絡してみた』
一言。いや、厳密には二言だが、そっけなくもある種の親しみの込められたメッセージだった。
今さら何を、と女性は返信しようとしたが、思い直して一度スマホをカバンに放り込んだ。やめたやめた、ハンバーガーに集中できないじゃない。
そうして、アイスコーヒーを飲んで心を落ち着かせ、ハンバーガーに取り組んだ。
しかし、夜になるとどうにも気になって、スマホを取り出してそのメッセージを表示した。
何度も見ては、相手の心境を想像する。
「懐かしくなったって、どういうことだろ。彼女と別れたとかなんとか? それとも仕事がコケて借金まみれとか、深刻な病気にかかって人生を振り返っているとか……」
いずれにせよ、相手があまりいい状態にいるとは思えなかった。
当時、仕事に集中したいとかなんとか言って一方的に別れを告げられたのだ。とにかく前向きで上昇志向が強く、その反面、自己中心的でもある男だった。きっと、このメッセージも受け取る相手のことなんて考えていないに違いない。そんな彼に同情する余地はない。
それでも。
彼女は返信をした。彼に未練がある、なんてとんでもない。でも、こんな簡単なメッセージに返さないほど余裕がないとみられるのも嫌だった。
『久しぶり。マジ懐かしすぎて驚いてる』
書いては消し、書いては消ししてようやく返信したメッセージ。あとは野となれ山となれだ。
既読がすぐにつき、返信もすぐに来た。そうして、あれよあれよという間にメッセージが蓄積されていき、次の週末、二人は1年ぶりに会うことになったのだ。
彼女は今ちょうど、というかこのところずっと特定の付き合いをするような異性はいなかった。
二人は、近くに新しくできたカフェで待ち合わせをした。過去の思い出には登場しない、軽い雰囲気の場所で、1年越しの再会にはうってつけの場所だった。
「久しぶり。ちょっと雰囲気変わったんじゃない」
彼は先に着いていて、コーヒーを飲んでいた。彼女が声をかけてテーブルの向かいに座ると、
「……おお。元気そうじゃん」
と、喜びでもなければ哀愁でもない、平たい返事をした。
「まさか、またこうやって会うことになるとはな。でも、会えてよかった」
彼は今も元気に仕事に打ち込んでいるらしい。借金や大病を抱えているようには見えなかった。失恋してボロボロ、というわけでもなさそうだ。
二人は、最近の仕事の話や休日に何をしているか、芸能人のニュースなどたわいのない会話をした。
そして、コーヒーも空になり、2時間ほどが過ぎたころ。
「これから、予定があるから帰るわ。普通に元気そうでよかった」
それだけ言うと、彼は身支度を始めた。
「ピポピポピ」
突然、彼女のスマホが鳴った。彼女も、身支度をする手を止めてスマホを確認した。
「あれ」
思わず声が出てしまった。
「どうしたの」
「いや、なんでもない」
二人はそのままカフェを出て、手を振って別れた。
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