西郷は、植木鉢からその新聞をはがして持って帰った。
どうやら、地元の老人が集まるお茶会の様子の写真のようだ。父は会の参加者のようで、テーブルのお茶に片手を置き、笑顔で隣の老人と話しているところだった。
父の笑顔なんて、もう半世紀くらい見ていない気がする。
「おっと、ありがとさん」
過去一度だけ、西郷が同級生の彼女を家に連れてきたことがあった。そのとき居合わせた父はその彼女にお酌をしてもらって、めずらしく満面の笑顔になっていた。
「ほら、これでも食べなよ」
西郷は酔っぱらっている父親が恥ずかしくてたまらなかった。いるだけでも恥ずかしいのに、スルメを彼女に勧めるな。
そんな思い出がよみがえった。
「これが最後の一枚か」
とはいっても、もうぼろぼろになった新聞紙だ。紙は破れ、発行年月日も不明。遺影にするにはあまりにもお粗末だ。
翌日、西郷はぼーっとしながら新聞の切り抜きを手に取っていた。植木鉢を包むのに使われていた新聞は地元の新聞社のものだった。何気なく、スマートフォンでその新聞社の記事を検索した。けれどもそれらしき記事は出てこなかった。
軽く朝ごはんを食べ、地元の新聞社に電話をしてみた。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが、そちらの新聞で数年前くらいに『加齢どすこーぷ』というお年寄りのお茶会の記事を出していたと思うのですが」
「はあ?」
電話の向こうで間の抜けた声が訪ね返した。それは無理もないと西郷は思った。なんせ、いつの掲載かもわからない小さな地域コラムのことを問い合わせしているのだから、広報担当にわかるわけもない。
西郷は事情を説明した。
「はあ、亡くなったお父さんが。そうですか。ちょっとお待ちください。そちらのご連絡先を教えていただけますか」
すると、何かのネタになるとでも思ったのかこの件を調べてくれることになり、西郷は嬉しいような奇妙な気持ちで電話を置いた。
その日の夕方になって、新聞社から折り返し電話がかかってきた。野市という記者からだった。
「こんばんは。西郷さんですか。あの記事を書いたのは私です」
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