電話だ。元彼からだった。
しばらく着信音を聞いたあと、汗を拭いて深呼吸をした。もう取り返しがつかない。でも、なぜこうなってしまったのか考えなくちゃ。それには誰かの助けがいる。通話ボタンを押した。
「さっきはごめん」
「今どこ? ちょっと落ち着いて話そう」
彼女は、近くの公園で彼を待った。
その間、震える手でアカウントを確認した。何度見ても間違いなく自分のアカウントだ。だがこの写真は自分のスマホのライブラリには入っていない。誰か他の人が投稿したのだ。
見るたび顔が熱くなり、涙があふれてくる。ああ、なんて酷い顔。あまりにむごい。穴があったら入りたいとはこのことか。それにしても何て大きな鼻の穴。
元彼が追い付いてきた。
「大丈夫か?」
他にかける言葉もなく、元彼は隣に座って彼女に寄り添った。
今さらなれなれしい、とも思ったが、しばらくそうしていた。
「つまり、お前は投稿してないんだな」
「そう」
「じゃ、乗っ取られたってことだ」
「どうしてこんなことに」
「ほら、冷静に考えてみようってば。インスタグラムからメールとか来てなかった?」
「来てたかもしれないけど、ちゃんと見てない。消したかも」
「変なアクセスがあるとメール来るようになってるんだけど、消しちゃったのかよ。じゃあ、この写真に覚えはないか?」
「見たくない。もう死にたい」
「落ち着け。ひとまず写真を非公開にしよう」
変顔が非公開になると、彼女は少し元気が出てきた。
「この投稿されてる日、わたしは普通に残業してたからこの時間にお酒なんで飲んでないよ」
「きっと昔に撮った写真だろうな。これいつごろかわかる?」
酔っ払い顔でメイクも崩れているし、顔が大写しで背景や洋服があまり写っていない。
「うーん、でも、ちょっと3年くらい前かなあ。このピアスは今でもつけることあるけど、その頃に買ったやつだし……」
「他の写真は?」
「あ。このネイル。友達の結婚式に行くのに、黄色のドレスだったから黄色にしたことがあるの。そのときのかもしれない」
彼女はオフィス勤めであり、普段は業務に支障がないように地味にしている。
過去の写真ライブラリを大急ぎで確認した。そして確かに黄色のドレスで黄色のネイルをしている当時の写真を見つけた。
彼女と元彼は顔を寄せ合って写真を確認した。
「黄色のドレスはインパクト強すぎたと思ってあんまり着てないの。ネイルも黄色にしたのはこのときだけだったと思う」
4年前の6月に撮った写真だった。ネイルは2週間程度しか持たない。
「まだ知り合ってない頃だな。このときはよく飲んでたのか?」
「うん。でもこんなになるまで飲んではないと思う、人前では……」
「アカウントを乗っ取られたってことは、犯人はおまえのアカウントのパスワードを知っているってことだ。そして、こういう写真を持っているやつって心当たりないか?」
「パスワード……当時付き合ってた彼氏は知ってると思う。インスタ一緒にもやったことあるし」
「おまえ、他人とパスワード共有すんなよ。つか別れたら変えろよ」
あきれ顔の元彼をよそに、怒りと胸くそ悪さが彼女の頭を駆け上った。この犯人は、元元元元元彼だったのだ。
衝動に任せてスマホを地面にたたきつけ、カバンを投げつけた。
「あいつ! なんの恨みがあって! 今さら何なのあの×■%◎§※……」
しばらくの沈黙の後、元彼は落ちたカバンとスマホを拾い上げ、砂をはらった。
「とにかく、パスワードを変更しよう。アカウント、新しく作り直すか?」
彼女は頭を振った。とにかくあの最悪で×■%◎§※な男が憎くてしょうがない。
元彼は彼女をベンチに座らせ、カバンを渡した。
「こういうの、被害届って出せるのかな」
ぼそりとつぶやくと、元彼は頭をかいた。
「出せるっちゃ出せるけど、金銭的被害を受けたわけでもないし、そいつを制裁するのはちょっと難しいかもしれないな。証拠だって状況証拠だし」
「くやしい」
「とにかく、今はおまえの被害が広がらないようにすることが大事だと思う」
こんなときながら、この言葉に彼女は胸がきゅんとした。
「まずこのアカウントには『乗っ取られた』って載せとこうよ。そして、知ってる人だけこっちからDM送って新しいアカウントに移行しよう」
「あんた詳しいのね」
「まあそんなに詳しいってわけじゃないけど。でもまたばらまかれたら困るよなあ」
「……」
彼女と元彼は、そのまま手をつないで家に帰っていった。
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