そのメッセージは元元元元彼からだった。数年前、友達との付き合いで行った合コンで知り合った彼だった。
震える手でメッセージを開いてみると、
『久しぶり! 元気にしてるの? 大丈夫?』
大丈夫じゃない。何だろう。これは何が起こっているのか。彼女は、元元元元彼の画面を閉じ、元彼に続けてメッセージを打った。
『ちょっと何が起きてるかわかんないことがある。相談したい』
『何か悩みでもあんの? じゃ、明日会う?』
次の日の仕事終わりに彼女は元彼と落ち合った。
水曜の夕方は比較的居酒屋も空いていてすぐに席に着けたが、店内は適度にざわついていた。
「悩みっていうわけじゃないんだけど、そもそもさ、あんた何でいきなり私に連絡してきたの? ここ数日、やたら昔の知り合いから連絡が来るの」
元彼は眉毛を上げて、スマホを探り出した。
「いや。おまえがなんかちょっと大丈夫かなって気になっただけで。インスタで」
「インスタの写真?」
そして、元彼はスマホの画面に目線を戻した。
「これこれ」
そういうと、自身のスマホを彼女の顔の横に並べ、表示画面と見比べた。
元彼は笑顔だ。しかしその瞬間、彼女は見た。背筋が凍るようなおぞましい光景を。
それは元彼のスマホ画面に大きく映し出された、彼女自身の写真だった。
しかし普通の写真ではない。
彼女が自分で撮った覚えもない。
写真の中の彼女は、真っ赤な顔をして白目を剥き、あごを突き出して、ふくらませた鼻の穴に右手の小指をつっこんでおり、もう片方の手で前髪を上げておでこを全開にしていた。
さらに、そのおでこにはマジックペンで「肉」と書かれていた。
「ななな……なな……」
彼女は動揺しすぎて、何これ、という言葉すら出てこなかった。
元彼はぷっと吹き出した。
「これほんと受けるー。付き合ってたときも、すごい酔ったら変顔してたよな。でもこんなの公開しちゃうようなキャラだったっけ?」
「これ、これこれ……こ、公開!? これ公開してる?」
「え? 何、もしかしておまえ酔いすぎて覚えてないとか?」
彼女は真っ白な頭で、スマホ画面を確認した。間違いなく彼女のインスタアカウントだ。先月行った旅行の写真がある。そして先々週から、彼女自身の明らかに酔っぱらった変顔写真が何枚も公開されている。残念なことに、それぞれに趣向を変えた渾身の変顔写真だった。
しかし投稿どころか、変顔にも、というか酒を飲んだことも全く覚えがなかった。
「ないないない。ないないないないないない」
何かが彼女の中で爆発した。一気に言葉があふれる。
「だって最近インスタ見てなかったし! そもそも飲みにだって行ってないし! こんなの公開するわけないし! どういうこと!!」
わけのわからなさと羞恥心といたたまれなさがごちゃごちゃと体全体をかけめぐり、崩れるように椅子から降り後ずさりをした。そして、気づいた。
「見、見られたのか……」
そう、今まで連絡してきた元恋人たちは、きっとこの投稿を見て連絡してきたに違いない。今までなら絶対に公開しないであろう爆裂本気な変顔写真の投稿で、彼女の精神状態がおかしくなっていないかどうか心配していたのだ。
彼女は居酒屋を飛び出した。
もう取り返しがつかない。あれらの写真は公開されて、世界中の人が見た。何よりも、彼女の周りの友人知人が見たのだ。明日からどんな顔で会社に行けばいいのか。
彼女はあのレベルの変顔を普段からするようなたちではない。酩酊状態になって、はじめて発動する大技である。そして、翌日酩酊したことを心から後悔するのだ。もうアラサーになった今では、酔いつぶれないように自制してこんなことは最近起こしていなかった……はずだった。
「ポンポポポンポンポン」 彼女のスマホが鳴る。
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