客たちはロープをなんのためらいもなく超え、カートに襲い掛かった。一気に人の密度が上がり、奇声が上がった。
体幹の弱い者は押しのけられて倒れたりした。客たちは敵意むき出しで、なぜか皆、前歯もむき出していた。
卵のカートは客たちの圧に跳ね飛ばされ、いくつかのパックが宙を舞った。
男は必死で手を伸ばしたが、パックを手につかむことはできなかった。客たちのたくさんの手がパックをつかんで振り回し、パックの中から卵が飛び散った。
上を向いた男の視界に卵が入った。
そして、その卵はゆっくりと近づいてくるように見えた。次の瞬間、男は不運ながらそれを、まるで野球のグローブがボールを受け止めるように、顔面で受け止めることになった。
まさに上を下への大混乱であった。
戦乱のスーパーを何とか抜け出し、男はタオルで顔をふきながら手ぶらで帰ることとなった。
その帰りに、様子を見ようかと思って合同冷蔵庫の設置されている場所へ行ってみた。もしかしたら、廃棄されたといってもまだ何かあるかもしれない。
門のところで、TB-2950の管理職員がトラックを誘導していた。
「あれが、廃棄食材かな……」
トラックの周りに、たくさんの人々が集まって様子を見ていた。きっと、男と同じく食材が気になって来た連中であろう。管理職員はそそくさと門の中に逃げていってしまった。
男は、様子を見に来ていたらしい年配の男性に声をかけた。
「食材、どうなっちゃうんでしょうねえ」
「まだ少し中にあるみたいですけどね。廃棄といっても、まだ捨てるための順番待ちしてるってところでしょう」
「僕、大事な肉を入れていたんですよ。いても立ってもいられなくて来てみたんです」
「ああ、そうだったんですか。でも残念ながら今頃はもう他のものと混ざっちゃって探すこともできないでしょうね。そもそも職員しか入れないしね」
「そうですよね」
男は、とぼとぼと帰路についた。
ふき取りきれていない生卵がくさかった。
その頃、TB-2950の中では、多数の庫内作業員が働いていた。フォークリフトを使って冷蔵庫内を整理している。
「おーい、もう住所のタグ付けは外していいからな。もう全部捨てちゃうんだから」
「あーあ。もったいない。これなんかけっこういい肉じゃないか」
「こっちだって、ほら、霜降りだ」
「あーあ、まだ食べられそうだけどなあ」
「ダメダメ、庫内温度が上がっちゃったから傷んでるぞ」
「ほらほら、廃棄食材はこっちに寄せて。コンテナが来る」
そうして、作業員たちは粛々と作業を続けていった。
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