シンクライアント冷蔵庫 2話

システム

「昨日のカレー」

男がAIスピーカーにそう言うと、ディスプレイが「あと30分」と表示された。

「今日はずいぶん混んでるな。日曜の昼だからかな」

男は少し困惑したが、別に急ぐ用があるわけでもないので、乾物のスルメをかじるなどして空腹を紛らわせた。

そしてしばらくすると、冷蔵庫から「チロリンチロリン」と音がした。

男が冷蔵庫を開けてみると、昨日のカレー鍋が到着していた。しかし、いつもと様子が違う。

「あれ? あんまり冷たくないな」

手を当ててみれば冷たくないどころではなく、もはや生温かかった。

鍋を開けてみると、中身はどろどろで、冷やされていた形跡はない。

「冷蔵庫の故障かな」

男はとまどったが、鍋を火にかけた。真夏とはいえ、まだ食えるだろう。

「あそうだ、牛乳」

男は不安になりながらも冷蔵庫に牛乳の“ダウンロード”をリクエストした。

「あと10分」

カレーをゆっくり温めていると、「チロリンチロリン」と音がした。

胸をドキドキさせてドアを開けると、そこには牛乳パックが到着していた。しかし。

「やっぱり……ぬるいや」

外気温40度はあろうかという真夏日だ。室温の牛乳は腹をこわすといけないので飲めなかった。

「いつから壊れているんだろう。いつ直るのかな」

男が地域のニュースを見てみると、その地区の集合冷蔵庫が不調であるという速報が出ていた。

「当地区の集合冷蔵庫TB-2950の冷却設備の一部の不具合のため、昨日24時より冷却が止まっています。現在緊急対応中ですが、復旧予定は未定です」

音声がニュースを読み上げる。

「なお、このトラブルによる庫内温度上昇のため、本日の13時時点で冷蔵庫内の全ての食料を破棄します」

男は思わず立ち上がった。

「ちょっと待ってくれ。まだ肉が入っていたはずだ」

今は12時3分だ。転送に30分かかったとしてもまだ間に合う。あわてて冷蔵庫を開け、半ば叫ぶようにして言った。

「牛肉! カルビのパック!」

AIスピーカーにリクエストが受け付けられ、外側のディスプレイには「あと40分」と出た。

「げっ、あと40分って……。13時になっちゃうじゃないか。みんなのリクエストが集中しているんだな。間に合うかな」

「あと40分」の表示は、いつのまにか「あと50分」に延びていた。男は祈るように両手を組み合わせてディスプレイを見守っていたが、「あと50分」は画面にはりついて動かず、とうとう転送が終わらないまま13時が来てしまった。

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