シンクライアント冷蔵庫 1話

システム

男は、自宅の台所で冷蔵庫のドアを開けた。

冷蔵庫の中はがらんとしていて、何も入っていない。一番奥に50センチ四方程度の四角い小窓が付いていた。そしてこう言った。

「ビール一缶、あと冷や奴一丁、あとカルビを一人前ね」

そしてドアを閉めると、ドアについている小さなディスプレイに「あと3分」と赤い文字が表示された。

3分後になると「チロリンチロリン」と高い音がして、ディスプレイは「到着」と表示が変わった。

男は冷蔵庫を開け、中からビール一缶と、冷や奴一丁と、カルビのパックを取り出した。

男は焼き肉が大好物だった。

しかしながら牛肉生産時のCO2排出量の多さから畜産が規制され、価格も年々高騰して近年ではなかなか手に入らなくなっている。これは男が日頃のご褒美にと奮発したA5ランクの最高級肉だった。

いつのまにか、妻が後ろからのぞき込んでいた。

「あら、おいしそう。ちょっとちょうだい」

「えー、自分でダウンロードしてよ」

「ダウンロードって言葉、やっぱりしっくりこないな。ごはんなのにダウンロードだなんて」

「でも、外からここに転送されてくるんだからダウンロードだろ。他に何ていうの?」

「うーん」

20XX年、地球規模で食料不足の傾向が顕著に表れはじめ、一般家庭の食料在庫の管理と適正化という名目で、数年前から日本国内の家庭の冷蔵庫はドアのついたただの箱となった。

冷蔵庫とは名ばかりで冷却設備はなく、AIスピーカーと奥に小窓がついている箱だ。

小窓の向こうには食品転送用のスロープがあり、そのスロープは上下水道のように家の壁の中を通って地中にもぐり、近所の合同冷蔵庫へとつながっている。その合同冷蔵庫で、生鮮食品や冷蔵の必要な食材を一括して冷蔵保存・管理しているのだ。

妻は、夕飯に残ったカレーの鍋を持ってきて冷蔵庫を開けた。

「冷蔵保存しといて」

冷蔵庫の中に話しかけて鍋を置き、ドアを閉めた。外側のディスプレイに「転送」と表示が出た。小窓が開く「しゅっ」という小さな音、スロープに鍋が乗って「ウィーン」と震える音がする。

今頃、カレーの鍋は小窓から出てスロープを高速で運ばれていることだろう。こちらから入れたものもまた、合同冷蔵庫へ保存することが可能なのだ。

男は言った。

「部屋で場所をとらないし、いい仕組みじゃないか。地球のためだし」

「まあね」

妻は興味なさそうにうなずいた。

翌日、男は仕事が休みだった。妻は出かけているので、一人で昼食にしようと冷蔵庫を開けた。

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